Quantcast
Channel: 三太郎の日記
Viewing all articles
Browse latest Browse all 30

通学団長

$
0
0
小学生の通学風景を見ていて、何かおかしいと感じるのは、私だけだろうか。

最近は、通学経路の要所要所に、交通安全の黄色い帽子をかぶったオジサン/オバサンが立っていて、
小学生は、彼らに見守られながら通学している。
交通安全や誘拐対策なんだろうが、これでは、道草が出来ない。
通学の醍醐味といえば、道草、それしかない。
学校の行き返りに、カバンを放り出して遊ぶ楽しみを知らずに大人になるなんて、寂しいことだと思う。

我々の子供時代は、年長の子供が通学団長となって、下級生を誘導しながら学校へ通っていた。
通学団長の役割は、単に安全に下級生を学校に送り届ければ良い、と言うものではない。
その過程で道草しながら、下級生を楽しませる、という企画力が通学団長には求められていた。

今の季節、夏であれば、朝早く家を出て、クワガタムシを獲りに行った。
私が、ブナやナラの木を足で、ボンボンと蹴ると、クワガタはポトポトと落下する。
下級生は、それを目の色を変えながら拾う。
1匹も取れない要領の悪い子には、私が木の又で蜜をナメテイタ大きなノコギリクワガタを、
皆には内緒だよ、とソットわたすと、顔をクチャクチャにして喜ぶ。
その笑顔を、今でも思い出す事が出来る。
また、寝坊ばかりしている子が、早起きするものだから、親からも感謝されたものだ。

他には、帰りに、学校の防火水槽で釣りをしたこともあった。
ホッチキスの針を曲げて、釣り針の代用にした。
それに木綿糸を付けて釣具は出来上がり。
餌は給食のパンを指で丸めて作った。
防火水槽の水面には、針金が菱目状に張りめぐらしてあったから、その僅かな隙間に糸を垂らすのだ。
水槽の魚は飢えているから、ボンボン食いついた。
ただ、釣り上げた時、ホッチキスの針は刺さりがやはり悪いらしく、2匹に1匹は釣り落とした。
釣った魚は、給食室から拝借してきた大きな空き缶に一時的に入れた。
最後に、ストックした魚を水槽に戻そうとすると、1年生の男の子が泣き叫んだ。
自分の釣った魚を、どうしても持ち帰り、家の水槽で飼いたい、と主張した。
この場面では、泣く子からムシリトッテでも水槽に返すべきところだが、
私は、各自、一番気に入った魚を持ち帰って良いと判断してしまった。
その子は、15センチくらいの錦鯉を持ってかえった。
こういう事は、すぐバレルから、後から私はヒドク叱られた。

他に、叱られた思い出としては、通学経路の川でポンツク(魚とり)をした時だ。
下級生に、川の中でタケミ(野外掃道具)をスタンバイさせ、残りの者が追い込む。
いまだ上げろ、と合図すると、その子は無我夢中で上げる。
マブナが数匹、タケミの中で踊っている。
そんな事をしているうちに、一人がドボンと深みに落ちた。
深みといっても、50cmくらいだから、すぐに這い上がってきた。
でも、ずぶ濡れだ。
夏場だったので、その子の衣服をしぼり、河原の柳の木に干した。

この時・・・小学4年生の私は、服が乾くまで皆で待っていてやろう、と判断した。
常識外の判断だが、その時、そう判断してしまったのだから仕方がない。
で、乾くまでの間、他の低学年の子はつまらないから、その辺で遊んでいて、
ドボンと川に落ちたりした。
又、しばらくして、一人がドボンと落ちる。
そんな訳で、干し物が増えてゆき、時間が過ぎていった。

結局、学校に着いたのは、12時少し前だったと思う。
すぐに給食の時間になったから。
この時ほど、学校の先生に、こっぴどく叱られた事はなかった。

まさに、至上最悪の通学団長だった。
しかし、通学団長の交代はなかった。
親からの苦情もなく、他に適任者がいなかったから。

あれから、30年以上が経過した。
今でも私には、どこかに甘さがある。
小学生の時、アレだけ叱られながらも矯正できなかった、甘さが。
でも、この歳となっては、もう直らないだろう。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 30

Trending Articles